作品詳細

蓮根譚

蓮根譚

細島裕次

栃木県現代詩人会新人賞受賞

新しいは、古い。古いは、新しい。

人の人生は生と死の物語である。
何よりも時を共有しともに歩む家族との日々は記憶の多くを占める。
そして関わるのは人だけではない。
季節の空気、日々の散歩道でのトカゲや虫たちとの出会い。
与えられた生を私たちは生きる。
そしてこの世界は本当に存在しているのかどうかを確かめながら。



フォックス・フェイス

気分がいい午後に
余命数ヶ月の母は
膵臓を病んで衰えた老体を鼓舞して
ステッキを片手におろおろ歩く
そして その母に
黄色く微笑みかけるのは
畑に頭だけ整列している
フォックス・フェイスだ

いちめん光は水晶のように澄みわたり
山も川も じだらくの夏から解放されて
その中心に生気を取り戻している
とぼとぼ歩く母親 小径の両側に
赫く曼珠沙華が篝火(かがりび)を焚いている
それは 一度通ったら二度と戻れぬ
門のようだ

この西国の花が尽きると
茫茫たる青芒(あおすすき)の野原だ
その鋭い葉が
長く伸びた刃のように
ギシギシと風を切りこまざいて
蒼い血を流している
一歩 又 一歩
垂乳根(たらちね)の母の歩行は
生の中に死を見いだそうとすることなのか
それとも
死の中に生を見いだそうとすることなのか

花野へ離れゆくおのが魂を追いかけるように気ばかりあせって
異界へ足を踏み入れた者の険しい表情で
母親は 眼の前を不登校の少女が
犬を連れて通り過ぎるのを
見ているはずなのに気づかない

背後に迫る
フォックス・フェイスの群れが
いやキツネの群れが
宙返りしては哄笑(こうしょう)している
ひとの営みを みんな
虚しいと笑っているのか
「貧乏でも幸せだっぺな」
貧に産れ 貧に死んでいく
母の口癖だった言葉が旗となって
激しさを増してくる風の中で舞う

遠くなって
枯色に染まって
母が小さくなって
もう
動いているのか
石になってしまったのか
それさえ分からなくなった
山裾に煙りが 白く
一筋立ち昇って
揺れて歪(ゆが)んで 一心に
天へ分け入ろうとする



ブコウスキーを探して


どろどろの溶岩
が 冷えて蒼く
ごろんとひとつ
在るようなアメリカの作家
チャールズ・ブコースキーが俺は好きだ
大好きなブロッコリーよりも俺は好きだ
無骨で
呑んだくれで
いつも
ここでないどこかへ行くために
女とヤッている
(サルトルのロカンタン的じゃなく)
ヘドを吐いて
女に追い出されて
道端に腰をおろして
煙草をくゆらせていると
スポーツカーが止まって
真っ赤な唇の真っ赤なドレスの女
が 微笑みながら話しかけて来る
「あんた 乗らない?」
「ああ あんたになら乗ってもいいよ」
「どこまで?」
「エデンまでさ」

詩集
2023/06/25発行
四六判 並製 カバー 帯付

1,980円(税込)