作品詳細

鬼は来る

鬼は来る

千石英世

そのまま夜空の中をおゆきなさい
夜の奥が西だから

千石英世 第二詩集




旧庭の教え
西宮苦楽園(にしのみや くらくえん)


大きな靴に
小さな足をしのばせて
庭を歩く
やわらかなつま先が靴のなかをまさぐって
かたい拳になってゆく

靴のなかがすべる
つま先が
小さな風を追い
ひるがえる
小さな足
驚愕の真昼となったのだ

苔の緑が美しい庭だった
大きな靴は人を不幸にするのか

小さな靴に
ガラスの色を塗る
塗り絵のなかの小さな靴だった
きのう見た絵本では肌色だった
あした見る絵本では
そこは真っ赤に焼けた鉄になる

靴が人を不幸にするのか
いったいわたしは何足の靴を履きつぶして
わたしを脱ぎ捨ててきたのか

履かなかったスニーカーがある
だから靴ズレ姉妹と付き合うことになったのか
買わなかったエナメル靴がある
だから義母の外反母趾を慰めることになったのか

仏足石という冷たい大きな足にさわったことがある
そこにはホトケの目が深々と刻印されていて
その奥は水でぬれていた

植木屋の地下足袋が流れるように走る美しい庭だった
ふかい苔の緑のなかに
靴が倒れている
眠りの終わりを夢みるように
翳りはじめた真昼の奥に

詩集
2023/07/07発行
A5変形 並製 帯付

1,650円(税込)