作品詳細

光の小箱

光の小箱

神泉薫

これまでとこれからを祝福する

母となって見つめた子どもの記憶、自らの子ども時代の記憶、タンポポやシロツメクサの花冠を編むように、ひとつひとつの温かな記憶を紡いで一冊とした。(「あとがき」より抜粋)


娘が二歳を少し過ぎたころ、自転車の補助席に乗せて、道を走っていた時だ。娘はいきなり、小さな人差し指を高々と上げて、空を指差し、「そら!」、「そら!」と叫んだ。それはそれはとてもうれしそうに。
どうやって、子は、目の前にある「コップ」を「コップ」と、自分が座っている「椅子」を「椅子」と、外に出て、見上げる広い青いものを、「空」と認識するのだろうか。人間の成長の内側で、「ことば」と「事物」がしっかりと認識されるプロセスは、とても不思議だ。
思わず、その声に導かれて、私は「空」を見上げた。「ああ、空だ」。何の混じりけもないまっさらな素直な気持ちでそう思った。そして、うれしさがこみ上げてきた。ことばにして確かに事物が存在する、という安心感、今、娘と二人、「空」を見ていることの、何とも言えない幸福感に胸がすっと温かくなった。あたりまえに存在すると思っていることは、本当はあたりまえではなく、小さな奇跡の積み重ねなのだ。忙しない日常に追われて、少し疲れていた私の目に入り込んできた、澄んだ青空の清々しさは、今も忘れられない。
(「空の下で」より抜粋)

エッセイ
2023/06/15発行
四六判変型 小口折り

1,650円(税込)