作品詳細

第二章

第二章

秋山洋一

「老いたる者の美しき」

人は人生の節目に新たなる一歩を常に踏み出す。
「いつだって先のことは分からないが」



ナターシャ


丘には轟く砲声
下界にはかすかな寝息のようなもの
その狭間の切窓の下
暗がりに生まれたカマドウマなら
また暗がりへ跳ぶだけだ
鎌をかざして生まれたなら
長衣のかまきりに扮し
三角頭を傾げていればいい

ここは墓苑というところ
高きに舞って後知れぬ者なら
最期の蝉とも名なしとも
水に沈んだポスターの笑顔が
ときどきは吠声あげる
それが目ざめということか
十字架に寄りそう菩薩像
その妙法の墓石の上のツクボウシ

たくさん殺せば褒められた
逃げて帰れば殺された
死者のことは死者に訊くほかなく
溢れるほどに澄んだ空
何がいいのか わるいのか
空はただ頷くだけだから
町はずれから来て暗がりにいる
無口な虫売りでいるだけだ 

見渡すかぎり
数えきれない人の道は尽きていて
これより先は知らぬ道
霊魂は不滅と
遠い寒空の下の金髪の少女の
大きな声に励まされ
仰臥するとき地べた見る



冬の始まり


道端に見上げるドングリの実の
みなそっぽ向く空の下
各駅停車で来る人も
快速電車で到着する人も
街から循環バスで来る人も
湾を見下ろす曲り坂に息弾ませる
白亜のドームあるところ

一九四×年
よく乾く厚い衣の下に
薄い蒼い血めぐらせる
錆くさい冬木の町へたどり着き
歪んだ船渠のほとり
国籍知らずの迷い猫といっしょに
みんな昔は若かったと
もう影もなく笑う人たちが

鳶のように雲間に消えた後
腕まくりして駆けて上がってきた
見たことがないのに懐かしい
坊主頭の少年が
これからどこへ行くんだか
手を振りながら歌いゆく
聴いたことがないのに懐かしい
異界の歌に耳澄ます

夕まぐれ
墓山から下を見れば
硝子瓶の欠片のような湾岸へ
あの頃のように
オールバックの髪光る
斜め肩の兄貴に背を押され
振替輸送でやってくる
冬の始まり

詩集
2023/12/20発行
四六版 上製 カバー 帯付

2,200円(税込)