作品詳細

あかるい身体で

あかるい身体で

海老名絢

二十歳のときに見た夢の名残が
今朝の喉に張り付いている

海老名さんの詩を読んでいると、いつのまにか呼吸が深くなっていることに気がつきます。

読み進めていくほどに身体が軽くなっていくような気さえしてきます。

それはきっと、他の誰に与えられるものでもなく、自分でみつけることが出来たからこそ大げさに表明しなくたっていい。

そんな淡い光を放つ、やわらかな肯定感のように感じるのです。

この一冊の詩集を包みこんでいるのは、そのようなものたちなのだと思うのです。





「灰色の猫」


足がしびれて朝です
もうこれで最後と繰り返して
フローリングの床を滑ってしまう
終わりにしたい物事を
持っていることは
少し背中を丸くする

わたしは装置なので
故障しやすい部分もあるし
通り抜けていくいろいろの感触を
受け取ったり流したりする
言葉は
わたしが生めるものではなくて
組み合わせだけを考案できる
研ぎ澄ました指先で感触を編んで
片隅から放つ

重さは絡まり合ってほどけない糸
背中に猫を作っている
抱きかかえられることを拒んで
そのくせ爪を立てて離れない
わたしだけの猫

春先のすーっとした冷え込みは
ふるい灰色の記憶を引き出す
再生を止めたいのに
毎年律儀に胸をひっかきにくる
終われないから そこに
とどまる感触があって
ちいさな子どもの身体だったことを
覚えている
灰色の猫を背負って
わたしは続いていて
今日も
世界の手を取る




2018年『きょりかん』(私家版)にて第23回中原中也賞最終候補。
2020年『声を差し出す』(私家版)にて第25回中原中也賞最終候補。


詩集
2023/08/20発行
四六版 並製 小口折り 帯

1,650円(税込)