作品詳細

静かなるもののざわめき P・S

静かなるもののざわめき P・S

アンフォルム群 II

たなかあきみつ

即興的言葉でつづられるこの書物の存在が意図されたとすれば、あなたへの挑戦に他ならない。

多くの動物が出現します。
多くの色合いが出現します。
多くの建物と残骸が出現します。
多くの人の名と人格が錯綜します。
多くの部位が形状を変えてあらゆるところに出現します。
多くの幻覚が、多くの言語が、多くの地名が……
…………………………
あなたの頭脳にはどんな絵が仕上がってゆくのだろうか。


《ビオモルフィスム》

1 世紀末まで

こんな不安定な土壌中を潜航蛇行しつつ
ストラヴィンスキイの《春の祭典》を根こそぎ聴きとりながら
この晩春に池田龍雄の一九七〇年代・八〇年代画に
多数の浮遊物体・曲線浮遊体を目撃した
瞠目する眼球や蛸や烏賊が横臥したもの
(とりわけ踊る蛸については
クレタ島出土の葡萄酒甕を比較参照のこと!)
宇宙卵そして胚、胎生する浮遊体
絡まり合う球体にして胎児、おお紐扉
博物館の陳列棚にて埃っぽい瓶詰めの
フォルマリン地獄の幻臭を幻影に嗅ぎつつ
弓なりに闊歩する胎児大文字のBRAHMAN シリーズ
湾曲して折れ曲がる鉤や爪
画面には抒情性を剝奪された六角形の雪華
(ここでベントレイのsnow crystals の写真の隊列をいったんフレークせよ)
十一月の跳躍の波打ち際には断続的に
いくつかの変哲もないテトラポッド(青空のマンタの傷口よ)
画面の配色はテラロッソ系よりはむしろグレイトーンで進行中
アレサ・フランクリンの生前の衝迫的な歌声を
闇雲にボーダーレスに流したくなる

2 レトロスペクティヴに

過現未パラレルテクストの
アンモナイト図鑑の安息角からくるぶしが
オディロン・ルドンの《不格好なポリープ》の単眼に
(なおかつ池田龍雄の《化物の系譜》の多眼性に)トポロジックにワープした
後頭部と前頭部――まさに後ろ前に描かれ(簾頭!)
食いしばった歯は汚れたまま生えそろってはいても
ネメグト渓谷で発掘されたタルボザウルスの歯列そっくりの
有刺鉄線もどきの歯列であえて
歯を磨かず歯ぎしりも凄かったろう
ポーラ美術館の《ルドンひらかれた夢》展のチラシには
ど真ん中でべろんとサーヴァルAの舌に正対しつづける
単眼の義眼にして上目遣いのボールベアリング=虹彩だ
箱根はなぜか遠すぎて今も私は観覧できず当のチラシ圏内にはぎとぎと
蜘蛛のぷっくらお腹や屋根なし(セ ンツァテツト)太陽の黒点もどき
コブラを召喚する砂漠のポピーの群棲の真紅の膨らみ
極東の一部上空でうごめく秋雨前線のもとで
砂岩の《火焔崖》での恐竜の連続歩行跡を幻視しつつ

詩集
2019/11/20発行
A5判 並製

2,530円(税込)