作品詳細

個室
在庫無し

インカレポエトリ叢書 6

個室

赤司琴梨

「わたしを赤面させる失語症は
わたしのからだを拡張する
わたしを繭から摘出する、行為」



芽吹く


腹にちっちゃいぶつぶつがたくさんできていてさけんだ
あなたはわざわざ脱衣所まで走ってきたが
ちっちゃいぶつぶつができていたに過ぎない
わたしはあまえた声で
ぶつぶつができたの
と腹を見せつけてやった
変なものを食べたのかね
脱衣所にひざまずいたあなたは
雪が降ったあとのようについた脂肪に繰り返し
くちびるを埋めた
その日見た夢は
わたしの腹にはぶつぶつではなく
胎児がいたのでまたさけんだ
なんかできたの
と腹を見せつけると
あなたは声が聞こえると言って
腹に耳をあてた
あなたはぶつぶつができても
きっと何も言うことはなく
わたしばかりが大ごとにしている
身体に起きるさまざまな変化たちを
わたしは愛することができず
病気の樹木が持つ幾数の瘤と似た感情で
シリアルですませた朝のやわらかな、
毛布にくるまり足先をすりあわせる、
腹にできたぶつぶつをかぞえながら、
けだるい朝が、昼が、夜が、
剝製になって白木の箱におさめられるとき
わたしの腹から芽吹いたのは







庭が少し沈んだような
気がして
お隣の旦那さんに相談したら
土が悪いようだね
と言うので
コンクリートで固めることにした
草木を全部ひっこぬくのは
かわいそうだけど
家が沈んだら困るので
お隣の旦那さんとひっこぬいた
種を撒き散らすばかりの
タンポポの群生が
うっとうしくて
それからは一人で
ホームセンターで買った
セメントと砂利と水を
練って
流し込んで
ならして
練って
流し込んで
ならして
平らな庭が広がっていくのを
夢心地で見ていた
平らな庭には

のほか
なにもない
なにもない
と思っていたら
最後の一角を埋めるとき
二匹のヤモリが慌てて土から
這い出して行った
その夜は大雨だった
排水孔をつけるのを
忘れたために
庭には
水が流れるあてもなく
充満した
布団に横たわって
庭を見ながら
また起き上がろうか
このまま
寝てしまおうか
考えるうちに
あとからあとから
水が
少しずつ隙間から
地面に
染み込んでいく
このままだと
コンクリートの下では
地盤沈下がすすむ一方で
床もなんだか
さっきから
傾いている
気がする
家は
確実に
崩れていく
なのに
ほっといたままわたし
なきわめきもしない




インカレポエトリ


詩集
2021/01/30発行
四六判 並製