作品詳細

ガバッと起きた

ガバッと起きた

辻󠄀和人

喜猫哀楽満載 婚活詩集決定版!

ガバッと起きて決意を固める。
結婚しよう!
ガバッと、ガバッと、ガバッとだ。
大手結婚相談所へアポを取り、さぁ、はじまりますぞ。
何人もの人とメールのやり取りをし、会って食事をする。
それはそれで楽しいもの。
動物好きの女性と気が合う。
容姿を気にする自分をちょっといさめる。
やがて、ミヤコさんと出会う。
小雨ふる日、ついに「結婚を前提にお付き合いさせてください」と言う。
どんなデートをするかあれやこれやと思いを巡らす。
人生は延々と続いてゆく。
どこから読んでもクスクス、フムフム、そうだよね、と楽しめます。
時間の試練が生身の人間を通過する。膨大な詩の流れはSNSでは伝わらない。



「定番デビュー」

全く月並みな話ですよ
全く人並みな話ですよ
夏と言えば花火大会ですよ
カップルで並んで眺めるのが定番ですよ
でも
仲間とワイワイ行ったことはあっても
2人で、というのは人生史上例がない
ない、ない、ないなあ、ないんですよ
それが本日、人生史上の例、作っちゃうんですよ
このままだと
月並み人並み定番の輪に入っちゃうんですよ
どうしよう

西国分寺の駅を降りて
スーパー抜けてガード潜ってパチンコ屋さんの前を通る
勝手知ったる道
最近、毎週末足を運んでるからね
この少々殺風景な道路を越えると
緑豊かな地域が広がっていてミヤコさんのマンションがある
夏の風に煽られた白い蝶々に導かれるように歩いていると
頭の中もひらひらしてきて
「勝手知ったる」ってトコまで来たことに
今更ながら驚いちゃうよ
「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」
へーっ
ナデシコの花がぽぅっと浮かんだ、紺の地の衣
きりりとコントラストを作る、黄色の帯
髪には白菊の飾り
「わぁ、すごく似合ってますよ。きれいな浴衣だなあ」

「ありがとうございます。自分で着るのは自信がなかったので、
美容院で着つけてもらったんですよ」
おしょうゆ顔のミヤコさん
予想はしていたけどホント良く似合ってる
「自分で買ったんですか?」
「いいえ、昔、着物好きの友だちからもらったものなんですけど、
なかなか着る機会がなくて。
実は、浴衣で花火大会行くの、これが初めてなんですよ」
えーっ、そうだったのー?
責任重大じゃん
ぼくで良かったんですか?
おいおい、変なこと自問するな
「記念に写真撮らせて下さい」
前、横、後、アップに全身
7枚も撮らせてもらった、ヤッホー!
「わぁ、良く撮れてますね。ちょっと恥ずかしいけど嬉しいです」
ぼくも嬉しい
ミヤコさんの初めての浴衣着用花火大会
成功させねばっ

立川駅を降りると
まだ5時前だっていうのにすごい混雑ぶり
あちゃー、ちょっと遅かったかな
歩道橋を降りるのにもひと苦労
「ミヤコさん、大丈夫ですか? もっと早く来れば良かったですね」
「みんなが楽しみにしている花火大会なんですから当たり前ですよ。
それより、今から昭和記念公園の中に入るのは大変なので、
花火が見られる適当な場所を探しましょう」
ごもっとも
のろのろ進みキョロキョロ探す
おっ、あの辺り
公園からちょっと離れてる、まあ道端なんだけど
視界は開けてるし座り心地は良さそうだしトイレも近くにあるし
「ミヤコさん、あそこどうですか?」
「いいですね。シート出します」
首尾よく陣取り終了
さて、ビールとつまみ、買ってくるか

ひと息ついて周りを見渡すと
浴衣を自慢げに着て
「彼氏さん」に笑いかけている色とりどりの「彼女さん」たちがいる
落ち着いた色調の浴衣をしっとり着こなした、大人ぁって感じの女性もいるし
ほら、あのコなんか
いかにも付け帯ーって感じの帯を
マンガみたいなキッチュな柄の浴衣につけてケータイ握りしめてるよ
オシャレに甚平着こなしている男性、増えてきたんだな(ぼくはジーンズだけど)
同性のカップルもいるし
歳の差カップルもいるぞ

パッパパーンッ
始まった

花火が次々にあがる
「わぁ、すごい。よく見えますね。この場所正解ですよ」
「バッチリですね。それにしても凝った花火が多いなあ」
シューッとあがってパンッパンッパンッ
3回くらい開く花火やら

真ん中が密で同心円状に薄く大きく広がっていく花火やら
ほわぅん、笑った顔みたいに見える花火やら
やるねー
花火もすごいけれど
「ウォーッ」「ワァーッ」
周りの歓声もいい感じだ
隣にいる女のコなんか彼氏さんの甚平を掴んで
びゅんびゅん振り回しながら黄色い声張り上げてるよ
ここにはカップルの定番の姿があるんだなあ
そしてぼくたちも今まさに
その一員として行動してる
叫んだりはしないけどさ
浴衣の似合うミヤコさんの腰に手を回して
ビール片手に微笑み合ったり
40代にして2人して
定番デビューだ
「このソーセージ食べちゃいません?」
「あ、いただきます」

ケチャップで汚れてしまった指を見てすかさずティッシュを出してくれる
ミヤコさん、こういうことにすぐ気づく人なんだ

昔はどっちかっていうと花火大会なんかバカにしてたんだよね
夏の一番暑い時に人の集まるところでベタベタしちゃって、なんて
確かに確かに
カップルが集まる場所にはそういうトコ、あるのさ
花火大会とかクリスマスイヴとか
儀式みたいに一律な定番の作法ってのがあるのさ
でもでも
俯瞰してみるとそうかもしれないけど
1人1人は結構個性的だぜ
ぼくたちがまさにそうじゃないか
「うわぁ、あのしだれ柳みたいな花火、きれいですねえ。
開いてからあんなに長く空中に残るんですねえ」
うんうん
ぼくとしてはミヤコさんの横顔も目に焼きつけとかなきゃ
初々しい定番デビューの横顔
ビールでちょっと赤くなってるその頰に

隣ではしゃぐハタチくらいの女のコに負けない初々しい気持ちが
刻まれているんだ
しだれ柳を模した光線のように強く鮮やかに、ね
フィナーレの派手な打上げの後
これで終わります、のアナウンス
ゴミを袋に収めてシートを畳んで
腰をあげて大量の移動の列に加わる
のろのろしか進まないけど
なあに、急ぐことはない

全く月並みな話ですよ
全く人並みな話ですよ
でも
月並みな話は
月並みじゃなかった
人並みな話は
人並みじゃなかった
ぼくとミヤコさんの人生史上初の儀式、無事終了

これから中央線に乗って少々殺風景な道路を越えて緑豊かな地域に入って
勝手知ったるお部屋へ
今見た花火のことを
ゆっくり、ゆっくり、語り合うんだ__

詩集
2019/05/01発行
A5 並製

表紙絵:林恵子

2,200円(税込)